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■出版情報

「ベンチャー企業の活性化こそが日本の半導体産業復活の起爆剤に」小切間正彦; Semiconductor FPD World (2009.02.12) 紙面(PDF)
日立製作所 中央研究所に入社後、小切間はステンレスなどの金属材料から始まり、化合物半導体、そして超大型コンピュータ用高速バイポーラLSIなどの研究開発に没頭した。充実した研究者生活であったと当時を振り返る。
その後、88年に半導体事業部プロセス開発部長となり、研究者から研究マネージャーへ次なる道を進んだ。02年には当時赤字であった日立超LSIシステムズの社長に就任、新たなビジネスモデルを導入することで黒字転換を果たし、手腕を発揮した。
小切間は研究者、研究マネージャーにくわえ、業界再編のコーディネータという実績を持つ。エルピーだメモリ設立の際には日立側のコーディネータとして、重要な役割を担った。また、台湾のUMCとの合弁会社トレセンティ設立時にも設立委員となり、業界再編に尽力した。
業界再編にかかわった実経験から、小切間は日本の産業構造についてこう指摘する。日本の企業は将来を見据えたビジョンでビジネスを進めることができず、複雑に絡み合った社内事情により長期戦略が阻害されている場合が多い。それにより、ビジョンが掻き消えてしまう。また、組織規模が大きくなればなるほど、その傾向が如実に表れる。そして、今後日本の半導体メーカーがグローバル競争を勝ち抜いていくためには、強力なリーダーシップの下、さらなる分社化も必要だと語った。
小切間は日立超LSIシステムズに在籍中、近い将来、半導体の微細化は限界を迎え、LSIは今後ますますアプリケーションオリエンテッドになるだろう、と考えていた。そして10年先を見据えた時に、次なる付加価値技術としてMEMSに注目した。また、半導体(MEMSを含む)産業は、大企業の活躍だけではなく、多くのベンチャー企業が成功してこそ業界全体の発展につながるのだという思いもあった。そのような中、偶然にも日立中央研究所時代の同僚であった本間孝治氏に誘われ、MEMS関連のベンチャー企業「メムス・コア」に参加することとなった。
日本ではベンチャー企業の成功例は欧米などと比較しても圧倒的に少ない。その原因は、会社を起業する側だけでなく、ベンチャーキャピタル側のリスクテイクに対する考え方の違いもあると指摘する。米国のベンチャーキャピタルは技術に対する見方は非常にシビアだが、その反面、投資を行う際は集中的に行う。そのため、投資金額も日本に比べると1桁違うケースもあるという。小切間はこのような要因も日本のベンチャー企業の活性化を阻害しているのでは、と考えている。
研究者に始まり、業界再編のコーディネータ、現在ではMEMS関連のベンチャー企業で奔走する小切間。今後は、日本のベンチャー企業としてメムス・コアを成功させ、エレクトロニクス産業の活性化に貢献したいと語る。MEMSという新しいデバイスが、日本の代表的な産業に発展する日が待ち遠しい。(文中敬称略 河野修)